まずハッキリしておきたいことがある。「ファッションが大好き」と宣言するのは、「犬が大好き」とか「民主主義が大好き」と主張するのと変わらない。たとえ民主主義が好きだとしても、応援していない立候補者が選挙に勝ってしまえば、民主主義への愛情もそれなりに薄れてしまうものだ。それに、犬が動物を噛み殺している光景を見ながら「犬が大好き」なんて言ってられないだろう?

 同様に、ファッションにだって陰湿な面が数多くある。業界には卑劣な人間が腐るほどいるのだ。最終的にファッションはアートとも誠実さともまったく関係がなく、単に商品を賛美しているだけに過ぎない

 感覚を頼りに生きている人間は「資本主義を信用してはならない」と言い張るけれど、そういう人たちだって、結局は人生の大半を金儲けに費やしている。まあ、ある意味ファッションとは、資本主義を極めて魅力的なモノに仕立てたものだと言える。他にも、ファッションは過激なダイエットの原因となったり、宗教の価値を下げたり、男のレイプ願望をシンボル化した広告を使ったり、全く無意味なものばかりを追求させたり、表面的な部分にしか興味のない世代を生み出したり、サブカルチャーを殺したり、男性を女性化したり、女性を男性化したりといった様に、あらゆる問題の原因とされてきた(実はロックンロールもそうだが)。

 私たちは、一瞬で理解できてしまうようなペラペラなものにお金を出し渋る。でもそれで何が残るのだろう? 私たちは、自分たちのためにデザインされた服を買うたび、まるで自分が最新のトレンドを追っているかわいそうな犠牲者であるかの様な自虐思考へと陥り、広告に惑わされていることに後ろめたさを味わわなければならないのだろうか。プラダ、アダム・キメル、アン・ドゥムルメステールなどを敢えて無視し、そこら辺のノーブランドの綿製ジャージでも着てた方がマシだとでも言うのか?

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